エンタメ 映画

【ディスクで観た映画】『あん』と『バクマン。』と『屍者の帝国』。珍しくみんな日本映画だ。

投稿日:

あん ★★★★+0.5


 これはよい映画だ。見終わった後、心に広がるのは静かな波紋だ。感動というのも暴力的な静謐な許し、あるいは諦念。だが、それは、人生のある側面を鋭く貫く。
 とにかく静かな映画なのだ。
 聞こえるのは、ささやくような出演者の声と季節の風がゆらす風の音。
 三人の登場人物は、重さは違えどそれぞれの過去と事情にしばられた現実を生きているが、映像は彼らの過去と事情に踏み込まない。口で多少語られはするが、カメラは現実に止まって、流れる時を表現するかのように風にゆらぐ森や、アパートの屋根越しに沈む夕陽を映し出す。
 背景にあるのは、ハンセン氏病に対する差別問題だが、それを声高に批判するのでもない。
 樹木希林演じるハンセン氏病のために診療所に閉じ込められ、仕事をすることも、墓を作ることも許されなかった老女。
 彼女の最後の言葉は、現実を生きる多くの人の胸にしみこむだろう。これに心打たれない人とは、私は仲良くできないと思う。
 樹木希林の演技は評判通り。背筋が凍り付くほどのリアルさ。
 これを鑑賞できるだけでも、観る価値はあると思う。

バクマン。 ★★★+0.5

 コミックの映画化としては大成功だと思う。
 映画中で、編集者が主人公たちに「絵で表現できないならマンガである必要はない」というようなことを言うが、この映画はまさしく二次元上では決して表現できない手法で、コミック原作にかたちをあたえた。A4判の漫画用紙のスペースになど収まっていない若さのパワーが、画面から伝わってくる。
 とにかく映像が楽しい。物語の転換にもスピード感があって飽きない。
 だが、最後の感動・盛り上がりのエピソードが、私には今一つ乗りきれなかった。
 みんなで難局を乗り越える、かつての敵も味方になる、間に合うか間に合わないかの問題なので、誰も敵にならない、うまくいって万々歳、ちょうどいいエピソードなのは分かる。
 でも、やはりエイジとの戦いをここに持って来てほしかった。
 なぜなら、おもしろいコミックを書くことに情熱を捧げる者たちの映画なのに、これはコミックの面白さの戦いじゃない。制作進行に破綻が生じた工程をどうにか間に合わせる、というむしろ大人の事情が強いトラブルだ。
 確かにオトナ側は、高校卒業まで休載させるというオトナの解決策を打ち出し、現場の面々がそれをよしとせず、青臭いが熱い解決手段を実行する、という「若さの暴走」という図式にはなっている。
 だけど、悪く言えば、主人公たちは大人達が事前に調整しておけば乗り切れた問題を(アシスタントを入れてやればいいじゃん、ジャンプ編集部! と一緒にいたツレが言っておりました。同感)、漫画家たちが自分でケツをふいたという話になってしまっている。しかも、大切なデビュー連載『この世は金と知恵』を、失速して打ち切られた作品、とセリフで簡単にフォローする程度におとしめて。
 主人公たちはめげておらず、「俺達、すごいことやったんだよ。エイジに勝つぜーっ」盛り上がって終わるとはいえ、私は後味の悪いものを強く感じてしまった。
 こりに凝ったエンドタイトルで、持ち直したけれど。

屍者の帝国 ★★★

 伊藤計劃×円城塔の異色作『屍者の帝国』の長編アニメ化。
 屍者の有効活用技術ばかりが著しく進んだスチームパンク世界を背景にして、屍者から失われる「魂」の秘密を追って、エージェントたちが世界をまたにかけて飛び回る大冒険譚。エジソンの作ったアンドロイド美女や、戦闘潜水艦まで出て来るんですぜ。
 そんなイメージで見たのだが、なんか違う。キャラもいいし、映像も、美術もよい(日本の差分機関なんか最高)。屍者同士の戦争シーンなど、よくここまで書き込んだものと感動する。格調も高くて、日本のSFアニメとしてどこに出しても恥ずかしくないと思う。
 だが、なんか違う。こう熱くなってこない。入り込めない。
 もとより、荒唐無稽な設定なのだ。観る者のえりぐりををグイっ、と引き込むパワーがもっとほしい。
 大友克洋の『スチームボーイ』を見終わった感じに近い。すごい作品を見た、と思うのだけれど、いまひとつ乗り切れず終わってしまった。
 荒唐無稽といえば『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲』ラスト近くの、しんちゃんの階段上りなど、悪魔的に荒唐無稽なのに、あんなに胸をゆり動かされる。それはなぜか。
 思い切って、もっと下世話な冒険活劇に梶をきった『屍者の帝国』が見たい。ヴィクターとか敵側がもっと早くから出てきて、主人公たちに挑戦しまくるような。Mももっと暗躍させて。どうだろうか。

  • この記事を書いた人
永才 力丸

永才 力丸(えいさい・りきまる)

ライター、編集者。音楽雑誌、パソコン雑誌、ゲーム攻略本の企画編集を経て、直近は、ゲームシナリオ、イベント企画構成も行う。自称、日本一、乙女ゲームに造詣が深いおやじ。

-エンタメ, 映画
-

Copyright© リキラボタイムス , 2018 All Rights Reserved.