ザ・カルテル (上・下) (角川文庫)
ドン・ウィンズロウは、私にとっては出たら即買いの鉄板作家である。
出来の善し悪しはあるし、複雑に緻密に張り巡らされたプロットや、小粋でスタイリッシュな世界観、世界がひっくり変えるようなどんでん返しとは、あまり縁がない。筋だけを追うと、むしろステレオタイプで魅力を感じないかもしれない。
だが、登場人物がいい。彼らがいる世界が素敵だ。彼らが直面するピンチ、そこでの選択。どれをとっても、リアルだ(フィクションの中のリアルであるにしても)。読書中の充実感、読了後の満足感の高さ。
『ストリートキッズ』以来、邦訳された作品の8割は読んでいると思うが、裏切られたことがない。
さて、『ザ・カルテル』上・下巻の話である。
やはりこの人はすごいと思った。
今作のテーマは、近年、ウィンズロウの重要なテーマ、アメリカとメキシコとの間に繰り広げられる麻薬戦争。
2005年の大傑作、映像化もされた『犬の力』の続編。
『犬の力』は、アメリカのDEA(麻薬取締局)の捜査官ケラーと、メキシコの麻薬王バレーラの約30年に及ぶ壮絶な戦いをリアルに、ドラマティックに描き上げた傑作。当然のように映画化もされている。
『ザ・カルテル』は、その後日談として始まる。決着がついたと思っていた二人の戦いは終わってはいなかった(本の裏のあらすじには書かれているが、「犬の力」のラストのネタバレになるのでここでは書かない)。
『犬の力』は、映画『エイリアン』第一作に似ている。ケラーとバレーラの対決という意味で。
本作は、『エイリアン2』である。「今度は戦争だ」という意味で。
ケラーとバレーラの宿命の対決は底辺に流れてはいるが(リプリーとエイリアンクリーンとの決戦という意味で)、ことはそう単純ではなく、その前に終わりなき戦いが繰り広げられる。すでにこの戦争を、ケラーも、バレーラもすでにコントロールできていない。どちらも、流される葉っぱの一枚である。
本音をいれば、ケラーとバレーラのバトルをもっと見たかった。ラストで二人の戦いは決着するが、若干とってつけたようだ。そういう点では物足りない。
だが、描かれる21世紀の麻薬戦争は、もう一人の捜査官、親分ではどうしようもないほど、巨大化してモンスターとなってしまったことがチリチリするほど伝わってくる。
文体も、枝葉末節がけずり落とされ、時にはあらすじを読んでいるような気がしてくるほど素っ気ない。
それが、あらゆる人間性を奪いとり、殺戮マシーン同士の勝利者無きゲームと化した麻薬戦争の非道さを表現することに成功していると思う。
ページをめくるほど迫ってくる熱気はやはりウィンズロウならではものだ。
ここまで大御所になりながら、こんあパワーに満ちた作品を嘆かれてくる。
やはり、この人はすごい! 次回作が楽しみである。
できれば、『フランキー・マシーンの冬』みたいな作品を希望。
初めて、ウィンズロウを読む人には、『犬の力』『ザ・カルテル』は重いかも。
入手しやすい最近のおすすめ作品を紹介しておく。
最近の作品の中では一番好き。主人公は、元マフィアの凄腕殺し屋、今は引退してサーフィンを楽しむ62歳。ここまで言えばもうわかるでしょう。彼が守るべきもののため、再びその牙をむく。とにかく燃える作品。
映画があるらしいが未見。
『夜明けのパトロール』もおすすめ。主人公はサーファー。私も「サーファー小説か、興味ないわ」と思ってしばらく読んでいなかったが、ウィンズロウだからな、と読んで大後悔。即読みしておけばよかった。美しく誇り高い物語。
次は『夜明けのパトロール』の続編。これもよい。
アメリカが舞台のドラッグテーマのピカレスクロマン『野蛮なやつら』もよい。
『犬の力』と比べると軽めな作りな分で、「なんでこんなにドラッグ売人に感情移入しているんだ、俺は」という気になる作品。映像化もされています。悪くはないが原作とはちょっと違うテイスト。まずは、小説から。
『野蛮なやつら』を読んだら、続編『キング・オブ・クール』も。
時代をぐっとさかのぼって、ウィンズロウのデビュー作。日本で出版されたとき、かなり話題になった作品。今読んでもいけると思うけど、語り口が饒舌すぎると思われる向きもあるかも。ウィンズロウが気に入ったらぜひ読んで欲しい。今につながるウィンズロウ節がしっぽの先までつまっています。