社会・経済

【終活とIT】人生の幕引きとITサービスが簡単に仲良くなれない理由

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大雄山 最乗寺
 日経コンピュータのニュースサイト「ITpro」に掲載された「終活×ITに勝機はあるか 『見込みが甘かった』、撤退した終活ITサービスは何を失敗したのか」という記事を興味深く読んだ。
 書いたのはジャーナリストの古田雄介氏。私が知る限り、終活とITの関わりを継続して追いかけている数少ないジャーナリストの一人で、産経新聞社が運営する終活ポータル「ソナエ」でも『死後のインターネット』と題した記事を連載している。
 上記の記事では、「終活」をテーマにスタートしたITサービスが、ほとんど利用されぬまま閉鎖されることが相次いでいる、という内容だ。冒頭の一部を引用する。

「TechCrunch50」(2009年)で注目を浴びた、人生の記録や遺言が残せるライフログSNS「LIFEmee(ライフミー)」(ライフミー、http://www.lifemee.com/、現在はなくなっている)は2013年4月に「資金調達の難しさや、イノベーティブな事を漸進的に行うためには体力が要ることを痛感」して自社サービスの終了を表明した。2010年2月にリリースされて話題を呼んだお別れメッセージ発動サービス「ラストメール」(ビズリード、http://last-m.jp/)の公式サイトは、2014年春以降からつながらない状態が続いている。

 私も、葬儀社の宣伝を担当していた頃、記事で紹介されていたようなWEBサービスの話を聞いたり、IT関連企業からの新企画提案を受けたりした(業界ではけっこう有名な会社だったりした)。
 だが、どれもうまくいくとは思えなかった。

「葬儀」とITは仲良くできないだろうか?

 IT関係者やサイト製作者が多い会合に参加しているとき、私が葬儀社にいたことを話すと、テンプレートのように繰り返される会話がある。
かわされる内容はもちろん異なるが、だいたい似たような流れになる。さわりを再現してみよう。

A「葬式をネット経由で生中継っていうのはビジネスになりませんか?」
私「別会場にディスプレイを置いて、式場に入りきれない会葬者に映像を見せるとかは普通に行われてますよ。遺族の若い方が、来られなかった親族にスマホで中継したって話は聞いたことがあります」
A「中継するだけなら素人でもできるから、きちんとした機材で、メッセージとかも同時に送って。生花や香典も電子決済して。式は時間が決まってるでしょ。収録映像はサイトに上げて、タイムシフトで焼香できるようにするとか。ネット祭壇ですよ」
私「ただでさえ年々会葬者が減ってるところに、中継したり、ネット祭壇を作るなんでニーズなんてあるかなぁ。有名人ならあるか。生花のネット注文はもうありますよ。香典のネット決済か。電子マネーが常識になったら、ニーズも出てくるかもね。でも追加料金に発生するなら、よほどニーズが強くないと一般の方は選択しないと思います」
A「葬儀の料金て高いって言いますもんね。さらに高くなるようなサービスじゃだめか」
私「それから、WEBシステムを作って広告出して待っている、というやり方じゃ実現できませんよ。施工している葬儀社とも調整しなくちゃいけないし、斎場や僧侶の許可もとる必要があるでしょうね。会葬者の顔を撮るかどうか、とか。それから、葬儀のしきたりや考え方は、全国一律じゃないから、パッケージ化するには相当の準備が必要になりますよ」
A「そうか、葬儀社にも営業しなくちゃいけないな。――――葬儀じゃなくて、終活の方がよさそうですね。」

「終活」とITは仲良くできないのだろうか?

A「例えば、生前にメッセージとメーリングリストを預かっておいて、亡くなったら一斉送信するとかどうですか? みんなへのメッセージを入れたネットストレージを作っておいて公開、というのもいいんじゃないかな。ハードディスクを責任をもって消去とか、ニーズがあるかも」
私「ニーズがどうなのかは置いといて、会員がいつ亡くなったか、という情報をどう集めるのかが問題ですよ。会員が亡くなったことを誰に連絡してもらうんですか」
A「ああ、そうか。契約した本人はいないから連絡してくれる人が必要なんだ。事前に、代理人を指定しておいてもらうんだろうな」
私「会員が認知症になって、会社名やアカウントなんか忘れちゃっていたり、頼まれた親族がドタバタの中で失念したなんてことはよく起こりますよ」
A「連絡してもらえないと、動き出せませんよね。代理人に、会員様はまだご健在ですか、なんてメールを出すわけにもいかないか」
私「裕福な人なら、弁護士や司法書士を代理人にしておく、ということもできるけど、そこまでできるなら連絡自体弁護士に頼みますよね」
A「代理人から連絡がなければ、仕方がないということではダメですか。本人はいないわけだし、どうしようもないですからね」
私「実態はそうなるとしても、そのあたりのデリケートな点をしっかり押さえていない会社に、人生の幕引きに関わる重大事を任せる人がいますかね? しかも、自分が死ぬまでその会社にはサービスをしっかり運営してもらわなければいけないんだから。いい加減に思われたら、まず相手にしてもらえませんよ」
A「確かに信用は重要ですね」
私「それから、会員が本当に亡くなったことを、どう証明するかもきちんとしとかないといけないですね。口頭の報告では問題大ありでしょう。まだ、生きてるぞ、とかトラブルになったらたいへんだし。でも、死亡診断書のコピーとか、そう簡単には送ってくれないですよ」
A「そうかあ。そのあたりがいい加減だと、信用してもらえませんね」
私「ライフログのインフラや理解がもっと整って、人の生死情報がネット上でやりとりできるようになれば、もっと簡単に実現できると思うけど。生前に、死亡情報が上がったら、自動的に通知を受け取れる契約を結べるようになるとか。それにしても、信用は大事だと思うよ」
A「マイナンバーの商用利用とかが認可されればいけそうな気がしますね。でも、まだまだ、面倒くさそうだなぁ」

 という感じで続いていく。
 中には、なるほど、と感心する意見もあるのだが、私はおおむね「そううまくはいかないと思いますよ」と答えることになる。
 皆さん、そんなに切羽詰まってやりたい! という感じではない。ニーズはありそうなので興味ある、という雰囲気である。
 それではいつまでたっても、終活とITサービスは遠いままだと思う。

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終活とITが仲良くなるには?

 ITの世界では、アイディアは即世に問うのが吉。先行するものが大きなアドバンテージを得る。
 熟慮して眠らせておいたら腐ってしまう。不完全でも先に公開して、不足やバグ新しいニーズに対応しながら、修正、アップデートを繰り返して歓声に近づけていけばいい。私も、そのモデル自体はまったく問題ないし、実際にその通りだと思う。
 だが、人生の幕引き周辺の、デリケートな事象には通用しない。
 人の死は一度きりのものだから、当然やり直しが利かない。しかも、想いも十人十色だ。「試しにやってみた」的な参入では、目までは引けてもわざわざ利用してみよう、とはならないと思う。 
 もし本気で終活とITを結びつけようと思うなら、習俗や文化も巻き込んで、大きなうねりを作り出すような覚悟で臨む必要があると思う。
 ネットで広く葬儀を受注して地元の葬儀社に施工させるというビジネスモデルを作ったエージェント企業『小さなお葬式』が、ネット受注システムは手段にとどめ、葬儀式の簡易化葬儀料金の低価格化と明朗化という、現場主導では決してできなかったであろうテーマを御旗にして急成長したように。

(善木)
  • この記事を書いた人
善木 克典

yoshiki

何でも屋。エレクトロニクス専門誌、パソコン雑誌編集者を経て、ゲームメーカーで企画・宣伝に従事。自称小粒な経営コンサルタント。

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